nakajima on 8月 21st, 2019

使徒言行録16:25~34

世界に福音を宣べ伝えるため、使徒パウロはフィリピ(現在のトルコとギリシャの境当たり)を訪れていた。そこに「占いの霊に取り憑かれた女奴隷」がいた。

「当たるも八卦当たらぬも八卦」(Fortune telling does not always come true.

Fortune telling is a hit or miss)だが、占いを好む人たちによって相当稼ぎ出していた。しかし、パウロとシラスの福音に触れて、「いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えている」と“信仰告白”、伝道の叫びをあげ続けるようになった。

叫び声では伝道にならないのでパウロはこの女性から「占いの霊」を追放したが、占いによって金儲けをしていた主人たちがパウロとシラスを捕らえて、違法な行為を働いていると訴え出た。

二人は一方的な取り調べの挙げ句に衣服をはぎとられ、何度も鞭打たれ、一番奥の牢に投げ込まれてしまった。鞭打たれ、足枷をはめられた体は、身悶えする痛みに苛まされていたであろうが、二人は真夜中まで「賛美の歌をうたって、神に祈っていた」のであった!すると大地震が起こり、牢の戸がみな開き、囚人たちの鎖も切れてしまった。看守は、囚人たちが脱獄したに違いないと思い込み、自害しようとしたが、パウロの呼びかけによって一命を取り留めた。賛美と祈りに聞き入り、福音に触れた囚人たちは誰一人、脱獄していなかったのである。

異国の地における鞭打ちと投獄は、本来、絶望であるが、賛美と祈りが救いの奇跡をもたらしたのだ。福音に触れ、主イエスを信じることによって罪の赦しが得られると信じた囚人たちは、もはや脱獄の必要は無いと悟ったのであろう。その様を目の当たりにした看守もまた、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」の言葉に信じ従ったのであった。

どんな困難にあろうとも、まず、私たちが信じ、賛美し、祈ること。然(さ)すれば「主イエスを信じなさい。」との伝道が実を結んでいくのである。救いの恵みに感謝し、賛美し、祈る。9月16日、福音伝道の恵みの時を目指してハレルヤ!中島 聡主任牧師

使徒言行録13:42~52

パウロとバルナバによるアンティオキア(現トルコ共和国)宣教。パウロは、アブラハム、モーセ、サムエル、サウル、ダビデ、バプテスマのヨハネ、イエス・キリスト、神の壮大なる救済史~かつて自分が迫害したステファノの説教を彷彿させる~を語り聞かせた。特にイエス・キリストの復活と、この方による罪の赦し、「信じる者は皆、この方によって義とされる」信仰義認に力点が置かれた、見事という他ない説教であった。

しかし、「ペトロは口を開きこう言った。『神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。』」(10:34)との告白に学んだ通り、すべての人が救われる、律法ではなく信仰によって救われるという真理には、一朝一夕に到達できるものではなかった。

使徒言行録は、聖霊の力によって福音が宣べ伝えられると同時に、この人の弱さゆえの争い、対立が鮮明に描かれている(福音書からずっとそうであるが)。①ユダヤ人対異邦人、②ユダヤ教対キリスト教、③そしてキリスト教の中でも律法を重んじるユダヤ人キリスト教徒と異邦人からの改宗者、幾重もの争いと対立が繰り広げられるのである。

パウロとバルナバの宣教によって「ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た」ので、ユダヤ人が妨害に出た。救いは、ユダヤ人だけではなく、すべての人にもたらされる。本来、喜ばしいことだが、人は特権(選民)、既得権、優遇、プレミアムの類に弱い。つい、自分だけ、自分たちだけ、に流される。アンティオキアは最初期にキリスト教会が形成された地であったが(「アンティオキア出身の改宗者ニコラオ」(6:5)、「アンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになった」(11:26))、その道のりは決して平坦なものではなかった。しかし、「わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、あなたが、地の果てにまでも、救いをもたらすために」。この主が我らを福音に召し出し、必要の全てを与えて下さるからハレルヤ!中島 聡主任牧師

使徒言行録10:34~43

「ペトロは口を開きこう言った。『神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。』」

私たちからすれば、「当たり前だろう!」だが、イスラエルの人たちは、アブラハム、出エジプトの時から数千年の間ずっと「自分たちは選民。救いには分け隔てがある」と信じてきたのだから、これはコペルニクス的転回になる。どんなに受け入れ難いことだったろう。

しかし、イエス・キリストの預言通り、サマリアにおける宣教、エチオピア高官の救い、迫害者サウロの回心、自身ヤッファでの幻(食物禁忌の撤廃→救いは律法遵守によるのではない)を見るに及んで、救いはすべての人にもたらされることを確信したのである。

続いて、「どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。」と「行いによる義」を強く感じさせる言葉を述べてはいるが、ペトロは説教の最後において「イエスについて、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが受けられる」と見事に“信仰義認”の福音を宣しているのである!これがどんなに凄い転回であるか。

すると、「御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降った」(44節)。真の福音が語られるところに主の栄光が現されたのであった。「そこでペトロは、『わたしたちと同様に聖霊を受けたこの人たちが、水で洗礼を受けるのを、いったいだれが妨げることができますか』と言った。」(46,47)

救いが実る時、それは「イエス・キリストの十字架によってすべての人が救われる」という福音がまっすぐに語られる時であることを示される。そのためならば、自分の経験も、それまでの慣習も、どんな価値あることも「ふん土のように」(フィリピ3:8)捨てねばならないのである。

無論、この転回はペトロにとっても、エルサレム教会にとっても、一朝一夕にはいかないことであり、今日もなお自己との戦いなくして福音宣教は立ちゆかない。主は「わたしの名で呼ばれる異邦人が皆、主を求めるようになる」と言われた。

この福音が全地で実ると信じて、主の御救いを宣べ伝えて参りましょう。ハレルヤ!中島 聡主任牧師

イザヤ41:8~16

この箇所からまず示されるのは、神さまご自身による「選び」です。どれだけイスラエルが背いたとしても、ご自身の選びの故に見捨てることなく恵みを注がれたのです。もちろん、イスラエルが罪を犯せばそれを気づかせ、罰を与えることもありましたが、怒りの故に滅ぼされることはなく、導きを与えられました。

しかし仮に、イスラエルでない他の民が神さまから選ばれていたとしたら、もっと神さまに従う歩みをしたでしょうか? 答えは「否」だと思います。どのような民だったとしても神さまの前には罪人に変わりありません。どんな民が選ばれていたとしても、同じように神さまに背いて罰を受ける、我が行く末をも見通せない羊の群のような歩みをしたでしょう。

それでも神さまは、ご自身の選びの故にその民をお守りになったことでしょう。それほどまでに神さまの選びは尊いものですし、最後まで神さまが責任を持ってくださるのです。イスラエルの民が背きそうになれば、士師や預言者を遣わしてその罪に気づかせ、悔い改めを促しました。イスラエルの民はかたくなで、なかなかその言葉に耳を傾けないときもありましたが、その度ごとに神さまは導きを与えられました。

それらはすべて、選びの故です。神さまはなんと忍耐強くイスラエルを導かれたことでしょうか? この選びと導きに私たちも与っています。主イエスは神さまの選びの恵みをさらに明確に語られました。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。」(ヨハネ15:16)

私たちもイスラエルの民と同じように、神さまの御心を痛めることがあるでしょう。それでも神さまは私たちを見捨てず、導いておられます。それは私たちも神さまの選びを受けているからです。神さまの子供として、救いに与り天の御国に入れられるものとして選ばれていることを、感謝して受け止めましょう。ハレルヤ!片平貴宣牧師

nakajima on 7月 17th, 2019

使徒言行録8:14~25  「聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(1:8)との預言の通りに、かつては敵対・蔑視の対象であったサマリアに福音が告げ知らされた。使徒フィリポの宣教と奇跡の業によって人々が洗礼を受けたので、エルサレム教会は、さらにペトロとヨハネを派遣して、按手による聖霊の授与を行った。かつてイエス様が「善きサマリア人の譬え」(ルカ10章)をお話になったこと、「サマリアの女」に「まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る」(ヨハネ4:23)と、種を蒔かれたことが実を結んだのである。

素晴らしい展開に一つの戒めが込められた。魔術師シモンである。彼はフィリポの説教と奇跡の業を見て信じ、驚き、洗礼を受けて、フィリポに従っていた。しかし、ペトロとヨハネの按手を見て、金(人間の力)で、聖霊を授ける力(神の力)を買おうという暴挙に出た。ペトロは「金と共に滅びてしまうがよい」と、仮初めにも洗礼を受けた者に対して厳しい裁きを下した。

シモンの思い違いと共に、彼の内に「腹黒い(苦い胆汁)罪の縄目」を見抜いていたからである。サマリアの人々に救いを、幸いをもたらすために神の力を求めたのではなく、「この人こそ偉大なものと言われる神の力だ」と、尚一層自分自身が崇められることを欲していたのである(*この出来事から聖職者の地位を金銭で売買することを「シモニア」と言う)。

聖霊(神の力)を受ける。何のために受けるかが肝。シモンは魔術的な力(人々に崇められる力)を求めて厳しく戒められた。原子からエネルギーを取り出し、幾百万人の命を奪う力を手に入れて人々を従わせようとするのはまさに“魔術”ではないだろうか。イエス様の“命の言”、愛に満ちた働きかけ、信仰の種は必ず実る。「天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」(ルカ11:13) ハレルヤ!  中島 聡主任牧師

nakajima on 7月 8th, 2019

使徒言行録7:54~60

「聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(1:8) 聖霊は、十二使徒(イスカリオテのユダ→マティア)だけではなく、「百二十人ほどの人々が一つになっていた」(1:15)にも、「ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった」(2:41)にも、「二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった」(4:4)にも降っていた。その証は、「信じた人々の群れは心も思いも一つにし、…すべてを共有していた」(4:32)、「群衆が病人や汚れた霊に悩まされている人々を連れて集まって来たが、一人残らずいやしてもらった」(5:16)に明かになっている。

確かに、「アナニアとサフィラ」(5:1-11)や、「配餐の問題」(6:1-6)といった綻びも、迫害もおこってきたが、「聖霊に満ちているステファノ」をはじめ七人の「食事の世話」係が選び出され、「神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った」(6:7)のであった。真に聖霊の力は誉むべきかな。

しかし、「解放された奴隷の会堂」に属する人々等が、民衆を煽動して、ステファノを最高法院に連行し、偽証人を立てて訴えたのであった。ステファノはアブラハム、モーセ、預言者、見事に救済史を網羅しつつ、ユダヤ教指導者達がついに「正しい方=イエス・キリスト」を殺してしまったことを告げたが、ステファノは煽動された民衆によって「石打ち」により殉教することになった。しかし、ここに聖霊の力は潰えたのではなく、「主よ、この罪を彼らに負わせないで下さい!」との叫び(主イエスの叫び)は、まだ青年であった迫害者サウロの心に一石を投じ、やがて世界最大の宣教者パウロを生み出すことになる。ここで着目すべきは、ステファノが最後の叫びをあげるまで、石を投げつけられながらもそこに立ち続けていたことである。石が骨を砕き、絶命に至るまで福音を証した者として立ち続け、最後、罪の赦しの執り為しのためにひざまずいたステファノ。この姿がサウロに、民衆に届いたのである。聖霊による「一粒の麦」(ヨハネ12:24)こそがハレルヤ!  中島 聡主任牧師

使徒言行録5:17~32

「ペトロとほかの使徒たちは答えた。『人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。わたしたちはこの事実の証人であり、また、神が御自分に従う人々にお与えになった聖霊も、このことを証ししておられます。』」(5:29-32)

まさに、「聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(1:8)との預言通りに、使徒達は堂々とイエス・キリストが救い主であることを証する者となった。民衆も使徒達を「称賛していた。そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった」(5:13-14)。

しかし、祭司や律法学者、ユダヤ教指導者たちは頑なにイエスが救い主であることを受け入れようとはしなかった。さらには「激しく怒り、使徒たちを殺そうと考えた」(5:33)。

自分が正しいことを主張する場合、二通りある。自分の正しさを、正しい言動によって証明し続ける。もう一つは、自分の正しさを認めようとしない勢力を排除する。この時、民衆全体から尊敬されていたファリサイ派のガマリエルという律法の教師が、ユダヤ教指導者たちをなだめ、「使徒たちが真理かどうか、泡沫勢力か否かしばらく静観すればよい」と進言した。さすがの指導者たちもこの意見に従わざるを得なかった。鞭打たれた後、釈放された使徒たちは、臆することなく福音を宣べ伝え続けた。もはや何の障壁も無しと思われたが、今度は足元から問題(配餐の差別)が生じた。一難去ってまた一難。しかし、常に勝利するは、聖霊によって主を救い主と告白し、謙虚に主に仕え続ける信仰である。ハレルヤ!中島聡主任牧師

使徒言行録4:32~37

「聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。」聖霊=力。では、聖霊の力とは何か? ①使徒達が大勢の人たちの“故郷”の言葉で、主の福音を語り始めた。公用語、共通語ではなく、故郷の言葉。その地域、小さな群の人々に分かるように伝える力が与えられた(教会は、その人に分かるように御言葉を伝えるべき)ということ。②嘲られても、牢に入れられてもメッセージを続けた。「御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて…」(Ⅱテモテ4:2・口語訳)。逆境、逆風にめげない。やり返すのでなく、寛容な心で御言葉を語り続ける力が与えられた。③使徒たちに不思議な業としるしを行う力が与えられた(美しい門における癒し)。④信者は「一つになって、すべての物を共有し、財産や持ち物を売り、おのおの必要に応じて皆がそれを分け合った。そして毎日、ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされた。」(2:43-47、4:32-37)

使徒も信者も、聖霊を受け、教会の礎が形成された。「祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語り出した。」(4:31) 聖霊と主の祝福によって教会は完全な姿を現した。しかし、「アナニアとサフィラ」の通りに綻びが生じた。二人だけではない。食事について、寡婦や貧しい人たちが後回しになった(6:1、Ⅰコリント11:22)。御言葉はラテン語に縛りつけられるようになった。十字軍も編成された。獄中の牧師は見捨てられた。確かに人は躓く。しかし、それでも悔い改め祈るなら、世の果てにまで主の救いを証することができるのが聖霊の力である。教会は聖霊を受けなければ教会として歩み続けることはできない。ペンテコステを迎えるたびに私たちは聖霊を祈り求め、そして、与えられるのである!ハレルヤ!    中島 聡主任牧師

nakajima on 6月 16th, 2019

使徒言行録3:1~10  「美しい門」における癒しの奇跡。「生まれながらに足の不自由な男」が神殿の門のところに運ばれてきて、そこに置かれた。神殿に参拝に来る人たちに施しを乞うためであった。それによって生計を立てる他ない、どれほど辛い人生であったろうか。

そこにペトロとヨハネがやって来たので、その男は二人に施しを乞うた。ペトロが「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」と言って、「右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った」のであった。まさに「ブラボー!!」の一言。

ブラボーは賞賛の掛け声として用いられるが、元々は「野蛮な」、「凶暴な」という意味だった。この素晴らしい出来事に接しても、祭司、神殿守衛長、サドカイ派の人たちは、苛立ち、ペトロとヨハネを捕らえて牢に放り込んでしまった。生殺与奪権を持つ者の野蛮な、凶暴な姿が露わになる。

大祭司、議員、長老、律法学者たちは、ペトロとヨハネに尋問した。二人は、堂々とイエスの名による癒しと救いを弁明した。また、いつも「美しい門」のところで施しを乞うていたあの男が、事実、自分たちの目の前で歩けるようになっているのだから、何も言い返すことができなかった。そこに真実の救いがあるのを見たにも関わらず、彼らは信仰を受け入れることができずにペトロとヨハネを「脅す」ばかりであった。

一方、歩けなかった人が歩けるようになったのだから、「なんと素晴らしい!」と、素直にイエス・キリストの名による救いを信じた人は「男の数が五千人ほどになった」とある。真の信仰は自分を誇るためではない。悲しみにある人が喜びの人となる、そのことを我がこととして喜ぶがハレルヤ!中島 聡主任牧師

nakajima on 6月 9th, 2019

使徒言行録2:1~8

今日は、キリスト教会の三大祝祭日の一つ、ペンテコステ(聖霊降臨日)を迎え、また、「こどもの日・花の日」として教会・JC・園の合同礼拝を捧げます。

クリスマスとイースターはすっかり冬と春の季節の風物詩として、イベントとして日本に定着しましたが、最後のペンテコステはさっぱり知られていないと思います。ペンテコステは、聖霊なる神が、イエス・キリストの弟子たちに降った日で、この時から弟子たちの宣教が始まったので、全世界の教会の誕生日とも言われています。

「聖霊が降るとあなたがたは力を受ける」(使徒言行録1:8)とある通り、一言で言うと聖霊とは力のことです。力にも包容力、真逆の暴力、様々あります。聖霊の力が何かを表すヒントが、弟子達に聖霊が降ると「世界中の言語で話し始めた」にあります。

「永遠の命」という最高の祝福を、誰にでも分かるように、すなわち全ての人に受け取ってもらうことができるようになったということです。難行苦行や難しい教理教典によるのではなく、すべての人に分かる言葉で伝えられることになった、だから、教会は全世界に広まっていったのです(とは言っても、聖書がすべての人が読めるようになる扉が開かれるのには1500年もかかってしまいました*宗教改革、聖書の翻訳)。

「子どもの日・花の日」は米国教会の「子どものための礼拝を守ろう」、「子どもにお花を持たせて病院や施設を訪問することによって、奉仕、お手伝いの心を育もう」に由来しています。教会が聖隷横浜病院、JCが清水ヶ丘病院、園が給食の食材を取り扱っているお店、郵便局等、お世話になっているところを訪問しています。聖霊の力を一つ一つ現し、永遠の命に繋がるのがハレルヤ!  中島 聡主任牧師