「死は勝利にのみ込まれた。
死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
死よ、お前のとげはどこにあるのか。」          Ⅰコリントの信徒への手紙15:54-55

 神との約束を破ってしまうこと、神と無関係に生きることが「罪」であると聖書は教えています。いのちの源である神との関係を絶つことが「罪」なら、当然いのちの断絶、「死」が結果いたします。
 具体的には「神のようになれる」「神になろう」と、まことの中心である神を退けて、自分がすべての中心になってしまうことです。この「罪」ある限りわたしたちは「死」という滅びを避けることはできません。肉体の死ではありません。全存在の滅びを聖書は「死」というのです。わたしたちはみなこの悪しき支配の中にいます。
 イエス・キリストはこのようなわたしたちにとって唯一解決の道となってくださいました。神との関係に結ばれる道、神との和解を回復する道が用意されたのです。イエスさまの十字架を贖いとして、死の棘、「罪」は抜きさられたからです。「死」はキリストの復活によって退けられ、もはや全ての終わりではなくなりました。復活のキリストによって滅び行くはずのわたしたちが永遠のいのちへとつながれたからです。