「ダビデは身を震わせ、城門の上の部屋に上って泣いた。彼は上りながらこう言った。『わたしの息子アブサロムよ、わたしの息子よ。わたしの息子アブサロムよ、わたしがお前に代わって死ねばよかった。アブサロム、わたしの息子よ、わたしの息子よ。』」   サムエル記下19:1

 父王ダビデを蔑ろにし、自ら王位を得ようとしたアブサロムの反逆は、その死をもってダビデの復権に落ち着きました。ダビデはこれを血肉の争いとせず、神のみ手に委ねたのです。ですから反逆者とはいえ息子の死を父は悼みます。
 主イエスが十字架への道を予期されてエルサレムに入られる前、オリブ山から神の都を臨みながら、こう嘆かれました。
 「ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。」(マタイ23:37)
 神は反逆の民をわが子として慈しみ悼みつつ、わが子の死に代わってご自身を死に追いやってくださったのです。