「陶工は粘土で一つの器を作っても、気に入らなければ自分の手で壊し、それを作り直すのであった。」   エレミヤ書18:4

神は預言者エレミヤを陶工の家に行かせました。その作業を通して、神のみことばを聴け、と言われるのです。
 エレミヤはその作業の中に、すべてが神のみ手の中にあることを悟りました。器は陶工の意思次第です。もしイメージに合わなければ簡単に粘土の塊に戻して、また造り替えるのです。
 「イスラエルの家よ、この陶工がしたように、わたしもお前たちに対してなしえないと言うのか」、と主は言われる。「見よ、粘土が陶工の手の中にあるように、イスラエルの家よ、お前たちはわたしの手の中にある。」(6節)
 預言者は、良きものを造り上げようとする神の御心をも知ったのです。わたしたちもこの神のみ手から離れるならば、ただの土塊です。しかし、造り上げられる喜び、神に似せて造られる光栄、そして器として用いられる恵みを確かにしたいと思います。 人は神の手によって土からつくられた器です。造られた方の目的は、そこに神のいのちの息/霊を吹き込み、生かすためでした。