「わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その持ち物は安全である。」

イエス様は力強い御手をもって私達を守っていてくださいます。しかし、私達がその恵みを忘れたり、「自分の力で何とかなる」と傲慢になるなら、すぐに悪の力に打ち負かされてしまうことでしょう。

悪魔の攻撃は巧妙です。悪魔の子分1:私は人間どもに「神なんかいない。」と教えます。大悪魔:そんなことでダマせるのは、せいぜい一握りの人だけだ。多くの連中は神がいるとうすうす思っている。子分2:私は「地獄なんかない」と教え込みます。大悪魔:そんなことをしても無駄だ。罪だらけの人間は、教えなくても罪の結果が地獄だと知っている。子分3:私は「イエスを信じるのは良いことだ…。だが、急ぐことはないよ。」と教えてやります。大悪魔:それは良い。そのとおりだ。直ちに実行せよ。お前はきっと多くの人間を滅ぼすことができるだろう」(山北宣久著『天笑人語』「悪魔の手の内」より)

「まだ間に合うさ、このままでいい、福音伝道はいつでもできる」、悪魔は私達を誘惑します。

「悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に付けなさい。…霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。…どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め」なさい。(エフェソ6:11-18)

使徒パウロの勧めのとおり、礼拝において御言葉の恵みに、私たちの罪を赦し、永遠の命の約束を新たにする聖餐の恵みに与りましょう。日々において、祈祷会において、御霊に助けられて祈りましょう。受難節・一斉訪問、一通のお便り、一本のお電話で問安、伝道するのは今なのです。ハレルヤ!