「平安でいることの教え」。私たちには思い悩みが多い。不安は、文字通り、私たちの体と心から「安らかさ」を奪い取り、病に至らしめる。無論、人生には悩まざるを得ないこともあるし、大いに悩み、葛藤し、昇華していくことも必要。しかし、それが、他者との比較による劣等感であったり、「あれもこれも欲しいのに、まだ全然、足りない!」といった物欲に起因しているようなものであるなら、心と体を病むほどに悩むのは、信仰から離れている。

今風なら、「メールやラインで返信が無いと不安」、「頑張って努力して、目立ってしまうと、いじめの対象にならないか不安…」など、今も昔も、子どもから大人まで、人生に不安材料は山のようにある。

しかし、イエス様は言われる。「命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。」

「人生に悩み=不安=マイナス要素と感じてしまう事柄は付きものだが、あなたのその『命』はどんなに尊く、素晴らしいものであるかを知り、喜びと感謝に包まれ、平安に暮らすが良い」と教えられる。

「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」、ゴスペル「一羽のすずめ」(His Eye is on the Sparrow)」は私たちの心を打つ。神様が野の花を、空の鳥を、小さな命を、私たちをどれほど愛しておられることか。そして、その命に輝きを与えておられることか(『ある小さなスズメの記録~人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』)

「明日のことまで思い悩むな…。」「辛いことも、悲しいこともあるだろう、でも、どうか、今は安らかに眠っておくれ。」愛する子、愛する人への願いであろう。イエス様は、そして、私を救うために、一人、十字架に向かって歩いて行かれた。思い悩みを越えて、この愛を伝えるために、「ハレルヤ!」と主を讃美して参りましょう。