Ⅰテサロニケ4:13-18 「兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。」キリスト教の信仰は一言で言えば、「復活信仰」である。イエス・キリストが、私たちの罪を贖いとるために「十字架につけられ、死にて葬られ、陰府に下り」、さらに永遠の命を顕すために「三日目に死人のうちより甦り」給うたと信じ告白してきた。

復活が真実であったからこそ、弟子達は全世界に福音を全身全霊で伝える者となった。また復活の主の愛(隣人のために命を献げる愛)に満たされたこそ、命懸けで教会を建て、バプテスマを施してきたのである。

イエス・キリストは、「一人も滅びることがないように」、先に眠りについた者たち、ノアの時代から不信仰であった者たち、そして、今に生きる私たちを救うために御身を捨てて、万策を立ててくださった。その結果、あまねく世に福音は告げ知らされたが(あらゆる宣教団体、ギデオン、聖書協会等々)さらに、再臨をもって、再び御姿を現すことによって天の栄光を顕し、救いに導かれるように御計画になっているのである。なんという愛であろうか!

再臨の際には携挙が行われるとは主御自身も預言されている(マタイ24:36~、マルコ13:32~、ルカ12:39~、17:26~)。地上の生活は仮庵であり、やがて私たちは天に召し上げられることを忘れてはならない。これまでに注がれてきた主の愛によって、復活を信じ、再臨を信じ、私たちは主の御救いを宣べ伝える。タラントンを土に埋めず、大いに用いて「善且つ忠なる僕」と呼ばれる者でありますように。ハレルヤ! 主任牧師 中島 聡