使徒言行録17:10-15

神の言葉は、ヨヤキム王によって切り裂かれ、炉の炎で焼き尽くされてしまった。しかし、神はエレミヤに再びすべての言葉を書き記すように命じられた。そこでエレミヤは再び、神の言葉を預言し、書記官バルクがそのすべてを筆記した。このようにして聖書が残されることになった。

これらは“言(ロゴス)・キリスト”(ヨハネ福音書1章)の十字架の死と復活を予兆しており、神の言葉は決して滅びないことを証している。「天地は滅びるが、わたし(キリスト)の言葉は決して滅びない。」(イザヤ40:8、マルコ13:31)

使徒パウロは、その神の言葉(メシア・救い主の復活)を携え、第2回伝道旅行に出発した。17章では、シラスと共に、まずテサロニケ(ギリシャの第2都市)においてユダヤ人の会堂において伝道し、ユダヤ人、さらに多くのギリシャ人、おもだった婦人たちが信仰に入った。ところが、ユダヤ教指導者たちはこれを激しく妬み、「広場にたむろしているならず者を何人か抱き込んで暴動を起こし、町を混乱させ、ヤソンの家(パウロとシラスが世話になっていた家)を襲わせた」のであった。

大変、危険な状態であったので、ヤソンと彼の支持者は、パウロとシラスを、ベレアへ送り出した。 二人は危険な目にあいつつも、ベレアでも早速に会堂で伝道を始めた。そもそも使徒言行録16章、ティアティラでの伝道において、何度も鞭打たれ、足枷をつけて投獄されている。しかし、神は二人を守られ、全囚人も守られ、さらに看守もその家族も救いに至ったのであった(「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」16:31)。

このように神の言葉、救いの言葉は、いかなる窮地にあったとしても決して滅びることなく、今、私たちの手元にあるのである。ベレアにおいても然り。ユダヤ人たちは、「非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた。そこで、その内の多くの人が信じ」た。するとまたユダヤ教指導者たちが、ベレアにも「押しかけて来て、群衆を扇動し騒がせた」のであった。しかし、パウロとシラスは伝道の旅を続けたのである。

聖書には、伝道が生易しいものだとは一言も書いていない。むしろ伝道は命懸けのものであることが記されている。だからこそ、私たちは日曜ごとに礼拝を守り、主の祝福を受けつつ、兄弟姉妹が祈りと讃美によって一つとなって峻厳なる伝道に立ち向かっていくのである。今夏にできる伝道は何か。「力と愛と思慮分別の霊」を戴いて、主に仕えて参りましょう。ハレルヤ!中島 聡主任牧師