創世記9:1-11

堕落と不法が満ちたので、神は、人を「地上からぬぐい去ろう」と言われた。さらに「人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も」とまで言われた。いいとばっちりであるが、神は、アダムとエバ、カインの時と同様に、箱船を建造する力を与えて、ノアとその家族、またすべて命あるものは雌雄二つずつ、また創世記7:2では「すべて七つがいずつ」を助け出し、人・被造物が生きていくことができるようにされた。

地上のすべてを覆い尽くす大洪水は激烈な裁きであったが、1年かかってようやく水がひき、ノアと家族、動物たちは乾いた大地に降り立つことができた。ノアは、まず「主のために祭壇を築いた。そして…焼き尽くす献げ物として祭壇の上に献げた」。大洪水の間、箱船の中で過ごした1年間はどれほど恐怖、不安、苦労の多いものであったろうか。

40日40夜の豪雨、すべてが吞み込まれていく世の終わりと思える大洪水、1年にもおよぶ船中生活、動物や鳥たちの世話、異臭、一歩も外に出ることができない閉塞感、どんなにか辛い日々であったかと思うが、ノアと家族は、不平不満ではなく、まず感謝の礼拝を献げた。

わずか1週間の歩みの中でもなかなかに辛いことがある。理不尽な思いをすることもある。しかし、生かされて主の御前に礼拝を献げる時が来た。ならば、まず感謝を献げること、それが主日礼拝であることを示される。神はノアの礼拝、信仰を見て、地を洪水によって滅ぼすことは2度としないと言われた。そして、アダムとエバに与えられた最初の祝福、「産めよ、増えよ、地に満ちよ」、「地の命あるものすべて」を再び与えてくださった。なんという神の愛!

ただし、「善悪の知識の木の実」に手を出してはならなかったように、「血を含んだままの肉」と、「人の命」に手を出してはならないと戒められた。いずれも神によって創造された命の尊厳を守るようにとの戒めである。「あの人は、駄目、馬鹿」と裁くなら最高法院、地獄の火だとイエス様は言われた。人に手をあげるとは、人を創造された神に手をあげること。人を殺めるとは、人を創造された神を殺めること。神は祝福と契約を「代々とこしえ」のものとされ、その証を「美しい虹」とされた。今も私たちは時に虹を見る。主の祝福と契約は今もなお続いているのである。感謝をもって礼拝を献げ、命を大切にして参りましょう。ハレルヤ!中島 聡主任牧