士師記6:11-18

本日はギデオンの物語に聞いていきます。ギデオンは神さまによってイスラエルに遣わされ、「士師」という役割を担いました。彼は、ミディアン人からイスラエルを守る役割をした人です。さまざまな戦いをこなし、イスラエルを勝利に導きました。

そう言いますと、ギデオンとはとても勇敢で立派な人物なのかと思うかも知れませんが、実際は少し違っています。「ギデオンは、ミディアン人に奪われるのを免れるため、酒ぶねの中で小麦を打っていた。」(士師記6:11)とあります。

当時の「酒ぶね」は、葡萄酒を作るのにぶどうの実を踏みつぶす、岩に掘られた穴です。人が入れるぐらいの大きさがあったようですが、そこで彼は小麦を打っていました。それは、ミディアン人が収穫の時期を狙って襲ってくることがあったからです。

普通、「勇者」と言えばどんな人を思い浮かべるでしょうか?読んで字の如く、「勇ましい者」、「勇敢な者」でしょう。正面から敵に勇敢に立ち向かうのが勇者だと普通は思い浮かべる姿ではないでしょうか?

ギデオンはこんな事を言っています。「わたしの一族はマナセの中でも最も貧弱なものです。それにわたしは家族の中でいちばん年下の者です。」(士師記6:15)。自分の一族は弱く、自分自身も年下ですから、と言って御使いから敵を倒すように言われても、それはできない、と一度は断るのです。

けれども、聖書が示す本当の勇敢さというのは、恐れを知らずに敵に立ち向かうことなのではないのです。本当の「勇者」とはどういう存在なのか、を教えられるのは御使いの言葉です。御使いはギデオンに「勇者よ、主はあなたと共におられます。」(士師記6:12)と語りました。ここに、本当の勇者とはいかなる者なのか、が語られています。

本当の勇者とは、「主が共にいる人」のことなのです。神さまが共にいてくださる人こそ真の勇者です。そして、「主が共にいてくださるのならば恐れはない」と信じる者こそが真の勇者なのだと、この箇所とそしてギデオンの姿からは教えられます。

新約に目を向けますとヘブル書11章にギデオンが登場します。そこは、「信仰とは何であるのか」がまとめて記された箇所で、旧約に登場する信仰の偉人達が並んで出てまいります。

ギデオンに関しては「信仰によって…弱かったのに強い者とされ、戦いの勇者となり」(ヘブル11:34)と語られています。信仰による勝利を得た者として、ギデオンは選ばれているのです。

人間が生来の性質として持っている勇気は限界があります。しかし「主が一緒におられる」ことを信じるところから生じる勇気は、人間的な勇気をはるかに超えた働きをします。ギデオンはそのような「信仰の勇者」であり、このような信仰の人を、神さまは用いてくださいます。私たちにも、「勇者よ、主はあなたと共におられます。」との語りかけがあることを覚え、信仰の勇者として歩みましょう。ハレルヤ! 片平 貴宣牧師