ルツ記1:14-19

ルツ記は旧約聖書の真珠、最も麗しい書簡と言われる。「なにせ一人も死者(争いによる)が出ない。」とは言い過ぎであるが、これまでの家族同士、イスラエル対異邦、同族同士の血みどろの最中にあって、まるで真珠のような麗しい書簡である。

旧約聖書には確かに「聖戦」、「聖絶」という教義、信仰の秤として、イスラエル対異邦に勝利するか否かという構図がある。しかし、ルツ記のごとく、明らかに異邦の存在によって救いがもたらされるというメッセージが私たちの胸に強く迫る。

士師の時代、ベツレヘムに住んでいたエリメレクとナオミ夫妻は二人の息子マフロンとキルヨンを連れて、飢饉を逃れモアブの“野”に移り住んだ。そこでの生活は決して楽ではなかったと推し測られる。モアブの地ではなくモアブの野であったから。風土病かどうかは不明だが、夫エリメレクをはじめ二人の息子も10年ほどの間に死んでしまったとある。

二人の息子にはそれぞれオルパ、ルツという嫁がいたが、ナオミは息子たちも死んでしまったので、二人の嫁にそれぞれの実家に帰るように言った。気に掛かるのは、この時も「モアブの野」にいたということ。10年ほど経っても、まだモアブの地でもモアブの町でもなく「野」である。そもそもベツレヘムから来た者に嫁ぐモアブ人がいるだろうか。オルパもルツの家も決して裕福であったとは考え難い。ナオミは二人の嫁に「あなたたちは死んだ息子のためにもわたしたちのためにもよく尽くしてくれた。どうか主がそれに報い、あなたたちに慈しみを垂れてくださいますように」と言ったのは、真実と思われる。飢饉だからと言ってベツレヘムの皆が逃げたのではない。エリメレクとナオミにベツレヘムで暮らし続ける力が無かったのだろう。二人の嫁からすればそんな異邦の野に逃れてきた異邦の者に嫁ぎ、貧しいながらもなんとか小さな幸せを見つけて暮らしていたのである。

二人の嫁は心からナオミと共に暮らすことを願ったが、繰り返すナオミの言葉にオルパは涙を飲んで里に帰った。しかし、ルツは命を懸けて共に暮らす決心であることを明らかにし、遂に二人でベツレヘムに戻ることになった。

「うつろな帰国」という聖書の表題の通り、一度、ベツレヘムを離れた者にとって、「モアブの野」から、しかもモアブ人の嫁を連れての帰国は、かつての同胞からの蔑視の対象となるものであった。聖書はここまでイスラエル共同体の冷たさを描きながら、ボアズという一人の助け手(厚意/好意)の登場に繋げていく。そして結末はご存知の通り、やがてダビデ王、救い主イエス・キリストの降誕へと至る救いへの道が明示される。真の救いは民族、血筋に依らない。この人に救われて欲しいと祈る信仰による。主は十字架からも願って下さった。ハレルヤ! 中島 聡牧師