サムエル記上13:8-15

サウルは神様によって「新しい心」を与えられ(サム上10:9)、王として活躍していきます。しかし、勝利を収めていくたびに、彼は「主を畏れる」ことを忘れ、傲慢になっていきました。

サウルが新しい心を与えられたように、私たちは洗礼によって新しい心を与えられています。しかし、それは与えられたからといってほっておいて良いものではありません。己の欲に身を任せば、サウルのようになることを聖書は伝えています。つまり、新しい心とは人の意志を表す言葉でもあります。だから、サムエルがこのように述べているのです。「今後は、それることなく主に付き従い、心を尽くして主に仕えなさい。むなしいものを慕ってそれて行ってはならない。それはむなしいのだから何の力もなく、救う力もない。」(12:20‐21)

だからこそ、「主を畏れ、心を尽くし、まことをもって主に仕えなさい。」(12:24)と何度もサムエルや他の預言者たち、そして「神を愛しなさい」とイエス様がおっしゃられるのです。ですが、その意志だけでは私たちに救いはありません。なぜなら、そこに神様の介入つまり霊がなければ変わることができないのが人間だからです。

私たちは自分たちの力では180度変わることはできません。だからこそ、神様の介入、つまり新しい霊である息を吹き込んでいただいてこそ、私たちは新しい命が与えられます。私たちは自分の意思だけでなく、神様の息によって生かされている存在だからです。

だからこそ、神様の新しい霊によって神様が備える道を歩んでいけるよう、神を畏れ、隣人と励まし合い、祈ってまいりましょう。伝道師 田中 尚美